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東京地方裁判所 昭和33年(ワ)83号 判決

原告 増田二三明

右代理人弁護士 高桑瀞

被告 富士電球工業株式会社

右代表者 天野平八郎

右代理人弁護士 円山田作

外二名

右被告補助参加人 株式会社矢崎工務店

右代表者 矢崎酉之助

右代理人弁護士 矢部善夫

被告 山浦克己

右代理人弁護士 井出正敏

主文

被告富士電球工業株式会社に対する原告の請求を棄却する。

被告山浦は原告に対して金五九〇万円及びこれに対する昭和三二年一一月一九日から支払済まで年六分の割合による金銭を支払うこと。

訴訟費用はすべて原告と被告山浦の平等負担とする。

この判決は第二項に限り仮りに執行できる。

事実

≪省略≫

理由

(被告会社に対する請求について)

被告会社が昭和三二年九月二七日被告山浦を受取人として金額五九〇万円、支払期日同年一一月一八日、支払地東京都中野区、支払場所株式会社三菱銀行中野支店、振出地東京都新宿区なる約束手形一通を振出したことは当事者間に争がなく、成立に争のない甲第一号証の一と被告山浦及び原告本人の陳述によれば、被告山浦が同年一一月九日右手形を原告に裏書譲渡した事実を認めることができる。

よつて、被告会社の悪意取得の抗弁について判断する。

本件手形が社団法人新宿経済会議所が被告山浦から買受けた土地建物の買受残代金の支払のために振出されたものであることは当事者間に争がない。そして、証人青木神木(第一回)、被告会社代表者天野平八郎の供述及びこれらの供述により、その成立を認めることのできる乙第一、第五、第九号証、成立に争のない乙第八号証並びに証人後藤長之助の証言及び被告山浦の陳述の一部を綜合すれば、新宿経済会議所と被告山浦間の土地建物の売買契約においては被告山浦が土地建物を完全に引渡したときに代金全額を支払う約定であつて、当時土地建物はいずれも被告山浦名義に登記され、その登記済権利書も同被告の手許にあつたので、新宿経済会議所の方では被告山浦を完全な権利者と信じて買受けたものであつて他から故意の申出があろうなどとは全く考えていなかつたこと、その後、右建物は被告山浦が参加会社に工事を請負わせて建築したもので、請負代金の一部が未払になつていることを知つたが被告山浦において会議所から受領する売買代金をもつてこれを決済し会議所には決してめいわくをかけないと言明していたので、参加会社との間も円満に解決するものと信じていたこと、ところが予期に反して、会議所が本件建物に移転すると間もなく参加会社は数名の人夫を派遣して本件建物に寝泊りさせ、本件建物は参加会社がその建築工事を請負つているもので、現に工事も未完成で請負代金のうち六百余万円の残代金があるから参加会社には右建物に留置権がある、したがつて、会議所にこれを引渡すことはできないという強硬な申出があつたこと、そこで、会議所は、被告山浦の当時の所在が分明を欠き連絡をとりにくい状況にあつたので、とりあえず昭和三二年一〇月二一日書留内容証明郵便(乙第八号証)をもつて、被告山浦の代理人として本件売買の衡にあたつた訴外後藤長之助に対して参加会社からの抗議の趣旨を伝え、参加会社との紛議を円満に解決すべく、会議所にめいわくの及ばないことが確認されるまでは本件手形金の支払を延期するから右手形を第三者に裏書譲渡することのないようにとの通知を発したこと、右、通知書はその頃後藤から被告山浦に届けられ、被告山浦もこれを諒知していたこと、そして被告山浦はその後に本件手形を原告に裏書譲渡したものであること、及び被告山浦は参加会社に対して現に請負代金を完済していないことを認めることができる。他にこの認定を左右するに足る確証はない。

なお、新宿経済会議所と参加会社間の前記紛争は、証人青木神木(第一回)及び被告会社代表者天野平八郎の供述によれば、新宿経済会議所においても参加会社と被告山浦間の請負残代金問題の解決に誠意をもつて尽力し、かつ参加会社の留置権の主張を尊重して、当時使用中の三階(本件建物は地階をふくめて四階建の鉄筋コンクリート造のビルであることは前記乙第五号証によつて明らかである)以外の部分は問題が解決するまでこれを使用しないことを条件として参加会社側の立退きを求めて暫定的に解決し、その後経済会議所は参加会社に対して追加工事を請負わせ残工事をほぼ完成させたが、参加会社は現在もなお留置権の存在を主張しており、経済会議所も前記とりきめの趣旨を尊重して三階以外の部分を使用していないことが認められる。

被告山浦は前段認定のような状況のもとに本件手形を原告に裏書譲渡したのである。そして被告山浦と原告が懇意な知人であること、原告と被告会社とはこれまで何等の取引もなく面識もないことは当事者間に争のないところである。そしてまた、証人青木神木(第一回)、被告会社代表者天野平八郎の供述及びこれらの供述によつてその成立を認め得る乙第三号証、証人高岡勝太郎の証言、被告山浦及び原告本人の陳述を綜合すれば、原告は金融業を営んでいる者であるが、本件手形を割引くにあたつて被告会社に振出の有無等を照会したこともなく、また、被告会社の取引銀行で本件手形の支払場所たる株式会社三菱銀行東中野支店に対しても被告会社の支払能力等につき照会した事実もないこと(この点に関する原告本人の陳述は措信できない)、また、原告は被告山浦から本件手形が前記売買残代金の支払のために振出されたものであることを告げられてこれを割引いたものであり、被告山浦は割引依頼の当時本件手形の支払が拒絶されるだろうことを予期していたことが認められ、他にこの認定を左右するに足る資料はない。

一般に金融業者が手形を割引く場合には振出人や取引銀行につき一応の調査をするのが通例であるのに原告はこうした調査を全然していないこと、原告と被告山浦は友人の関係にあつて、被告山浦は本件手形が前記売買残代金の支払のために振出されたものであることを原告に告げて割引を依頼しており、しかも右手形が事故手形として不渡になるべきことを知悉していた事実を考え合せると、原告は事故手形なることを知つて、譲受けたいわゆる悪意の取得者であつて、悪意なればこそ通常なすべき調査手続をとらなかつたものと推認するのが相当であると考える。もつとも、成立に争ない甲第二、第三号証と原告本人及び被告山浦の陳述によれば、原告は被告山浦に対して割引料三〇万円を徴して残金五六〇万円を三〇〇万円と二六〇万円の二口にわけて交付したことが一応認められる。また。被告山浦は右の三〇〇万円は友人である国際文化会館理事長松本重治に貸与したと陳述しているが、この点は証人青木神木の証言(第二回)に徴し多分に疑わしい。金融業者が相当の対価を支払つて手形を割引いた場合には、特別の事情のない限り、一応善意なりしものと推定するのが相当であろうが、本件の場合には前段認定のように特別事情と認めるに足る特殊の事情があり、ことに原告と被告山浦は懇意な友人なのであるから、いつたん交付した金員をその後において如何ように処理するかは挙げて両者の方寸のうちにあるともいえるので、相当な対価の交付があつたからといつて、そのことから直ちに前記悪意の認定を覆すわけにはゆかない。

右に判示したところからして、当裁判所は被告会社のいわゆる悪意の抗弁はその理由があるものと判断する。

(被告山浦に対する請求について)

被告山浦は原告主張の請求原因事実をすべて認めているので、原告に対して本件手形金五九〇万円及びこれに対する呈示の日の翌日たる昭和三二年一一月一九日から支払済まで年六分の割合による法定利息を支払う義務がある。

右の次第であるから、原告の被告会社に対する請求はこれを棄却し、被告山浦に対する請求はこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条、九三条一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石井良三)

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